田中 亘 六本木パソコン 「六本木パソコン」という言葉を見て、「ああ、あれか」と思い出せる人がいるとすれば、それはかなりのパソコン通か、業界の古参社員ではないだろうか。時代と共に誕生し、消えて行ったパソコンの中でも、この「六本木パソコン」という情けない広告コピーを付けられたのは、日本電気のPC-6601という機種で、1984年に登場している。(http://www.pc98.nec.co.jp/street/museum/84_6601.htm) 武田鉄矢をイメージキャラクタに使い、TVチューナーを内蔵し、「テレビとしても使える」が売り文句にもなった。しかし、誰がどういった発想から、「六本木パソコン」というコピーを生み出したのか、あまりのミスマッチさに、強い印象が残った。もしかしたら、当時の関係者の多くが、六本木界隈で密談ばかりしていたからなのかと、後になって考えたこともある。 それはともかく、この「六本木パソコン」が示唆的なのは、パソコンとテレビをくっつける、という発想の安易さを象徴していることだ。歴史を振り返れば、Apple IIやPC-8001からスタートしたパソコンの発展は、テレビのモニタを放送電波から取り上げることにあった。Windows 95の広告で使われていた「もうテレビより面白い」というコピーは、まさにパソコンの勢いを象徴するもので、情報を選び取る人たちを賛美するものだった。 しかし、一般消費者を対象としたパソコンの製品戦略が手詰まりになると、なぜかテレビとの協調を模索する発想が生まれてくる。おそらく、パソコンはテレビと同じ数、あるいはそれ以上に普及する可能性を持っているのに、あえてテレビの市場に迎合する道を選ぶ商品が登場する。 そして、過去に開発されたそうした商品の多くは、現在にまで生き残っていない。これから開発される商品の中でも、果たして生き残れる機種があるかは疑問だ。「パソコンが駄目でもテレビとして使えるから」という気持ちで購入するような消費者が、パソコンの市場を発展させるとは、考えられない。情報を自分で作り出したり、選び取ることを楽しめる人たちが増えなければ、パソコンを支える市場は、いま以上に発展しないのではないだろうか。また、業界としても、そうした人たちを増やす努力をしなければ、自分たちの市場が、その他の電子機器に取って代わられてしまうことになりかねない。 その一方で、パソコン業界全体が、単なるテレビではなく「映像」に活路を見出そうとしていることも事実だ。いわゆる動画処理と呼ばれる利用技術になる。パソコンによる動画処理は、より高性能なCPUと、大容量のメモリとハードディスク、そして信頼できるOSを必要とする。そのためか、ハードウェアベンダーもソフトウェアベンダーも、一緒になって「デスクトップ・ビデオ」環境を宣伝し、普及に努力している。こうした努力は、いままでパソコンに興味を持たなかった層を取り込めるだけの魅力があるのかは、いくらか疑問も残るが、「単なるテレビ」というパソコンよりも、はるかに発展的な提案ではある。昔から、パソコンに興味を示す層と、オーディオやビデオに興味のある層は、どこか重なってきた。その意味では、すでにパソコンに出費をした人たちから、さらに新しい消費を引き出すきっかけになる可能性は高い。 動画処理に限らず、MP3やJPEG画像など、個人のデータ処理の分野で、パソコンが使われる場面は、今後もさらに増えてくるだろう。そうした需要をソフトウェアと新型モデルが、どこまできちんとキャッチアップできるかが、問われているのではないだろうか。例えば、MP3を例にとっても、これが以外とノートパソコンとの相性が悪い。事実、MP3を使おうとすると、筆者の家では二台のノートパソコンでMP3が使えなかった。具体的には、筆者が利用しているThinkPad 600+Windows 2000 Professionalの環境で、MP3用のソフトウェアがパラレルポートに接続したデバイスを正しく認識しなかった。(これは、後日MP3対応としてではなく、パラレルポートの認識障害に関する修正モジュールがWeb上に掲載されたが、まだ試してはいない) また、SONYのVAIOでも、パラレルポートに独特の癖があるためか、認識がうまくいかなかった。BIOSの設定をかなりいじれば、おそらく動くのだろうが、そこまでしなければ楽しめないMP3では、一般のユーザーは挫折してしまうだろう。また、Windows 2000に関して補足すれば、USB関連も、ドライバの対応が追いつかないためか、イメージスキャナを中心とした機器が、正しく認識できなかった。これは、「できるWindows 2000 Professional」という本を執筆しているときに突き当たった問題で、苦肉の策で、なんとか動作するプリンタで、USB関連のレッスンを構成したくらいだ。 もはや、パソコンを使う原動力は、CPUの性能やアプリケーションの優劣が消費者の興味を左右する時代ではなくなりつつある。モデムを介したインターネットや、フラッシュメモリを利用したデジタルカメラとのデータ交換、ケーブルで接続するMP3、携帯電話のアドレス編集や着メロ登録など、周辺機器が消費の原動力になってきている。そうした「デバイス」からパソコンに興味を持ってくる層に対して、どのようにアプローチできるかが、今後のパソコンビジネスにとって、かなり重要な要素となるのではないだろうか。 一例として、米国ではすでにFamily Treeというカテゴリのアプリケーション群がある。何のソフトウェアか想像がつくだろうか。これは、「家系図」を作成するソフトウェアなのだ。デジタルカメラで撮影した画像を貼り付けて、一大家系図を作成し印刷できる。ちょっと、アイディア勝負の感はあるのだが、それでも、普及するデバイスとタイアップして市場を広げようとする姿勢は、アメリカらしいと思う。 人がやりたいことを実現する。その入り口はデバイスであっても、最後に求められるのは、英知を結集したアプリケーションにある。そのためには、まだまだ大きな可能性が溢れている。 (ユント株式会社 代表取締役) |