Windows よもやまばなし

富士ソフトABC株式会社
横浜事業所SIグループ 松村 大介(damatumu@fsi.co.jp)



Windows V.S. Java V.S. 私


○Javaとの出会い
 私は、6月に研修を終え、配属されたばかりのバリバリの新人です。残暑も穏やかになり、秋の匂いを感じる間など全くなく、毎日細々した仕事を要領悪くこなしながら過ごしています。そんな折り7月下旬に「私の『今年の技術研究テーマ』を決めよ!」というお題目が課されました。プログラム言語の知識に乏しく、開発経験のない私は、相談のうえ「Java技術の習得」を今年の目標としました。目標が決まった以上「さあJava一筋に勉強する」という訳には、新人である以上当然いかず、日々の仕事にあくせくと働いています。この原稿も「日々の仕事」のうちのひとつ。早く書き上げて少しでも勉強といきたいところであります。かといって、Windowsの知識もさしてない私が、『Windows View』にのせる話題などすぐには思いつかない。そこで、この機会にJavaの勉強もしようと考えて話題を探したところ、うってつけの話題がありました。

○Windows V.S. Java
 「Windows」と「Java」でどこかの検索を使えばすぐに見つけ出せそうな単語でであります。ここでこの争いの経緯を充分知っている多くの読者も、あまり知らないごく少数の者のためにお付き合いください。
 「Windows V.S. Java」といっても実際は、その開発元である「Microsoft V.S. Sun Microsystems」による米国における訴訟問題です。この機会に,今までの経緯を振り返ってみたいと思います。

(1) Javaの登場
 Java技術はSun Microsystems (以下Sun)によって、95年5月に発表されました。それは世の中にWWWが爆発的普及向かった時期と重なったおかげで、Java技術は短い期間で有名になりました。そして同年12月には、MicrosoftはSunからJava技術のライセンスを受け、世間を驚かせることになったのです。
 しかしMicrosoftは、独自性を持ったインターネット関連技術である「ActiveX」を翌96年に発表し、WWWブラウザInternet Explorerのバージョン3.0にJava実行機能をActiveXと統合した形で組み込みました。そしてこの技術は、Internet Explorerのその後のバージョンにも引き継がれていきました。ずばり、Microsoftの狙いは、ActiveX技術と統合したJava環境、つまりWindows機能をフルに使えるJava環境を世に出すことで、Java開発者コミュニティのなかに「Microsoftシンパ」を確保することにあったようです。

(2) Sunの提訴
 しかしMicrosoftはJavaコミュニティを取り込む(あるいは分裂させ、力を削ぐ)ことに失敗し、さらに97年にInternet Explorer 4.0の独自のJava環境の非互換性を理由にSunに訴えられることになってしまいました。翌98年3月には連邦地裁から「Javaのロゴを製品から外すように」との命令がくだされMicrosoftは渋々ながら従うこととなりました。裁判所が「ルール違反」を認定したことは、司法省と独禁法訴訟で争っているMicrosoftにとって大きな痛手でした。

(3) Microsoftの抵抗
 加えて、98年11月に裁判所が下した「Windows 98などの実装を修整すること」との命令には、Microsoftは抵抗を試みました。とういうのも、同社の戦略上重要な製品であるWindows 98の出荷直後に製品に修整を加えるような事態は何としても避けたかったのでしょう。連邦控訴裁判所が、99年8月に下した「差し戻し」の判断は,この修整命令に関するものです。今や、Microsoftがやろうとしていることは、裁判に勝つことではなく「ダメージを最小にとどめること」のようです。以上のように,この裁判ではSun側の言い分がかなり認められています。

(4) Javaの現在と展望
この訴訟が、Sunにもたらした影響は、Microsoftの独壇場である、デスクトップ分野でのJava普及に影を落とすことになったでしょう。
 しかし現在、Java技術が産業的に最も成功を収めている分野は、企業システム向けサーバー分野です。次世代のPDA(携帯型情報機器)、情報家電、携帯電話のための開発環境としても、Javaは有力なポジションにいます。

○Java V.S. 私
 では、現在有力なポジションにいるJava(TM)(訴訟話の後なので『(TM)』を付けましたが以下省略させていただきます)と有力ではないポジションにいる私との深からぬ関係とこれからについて書きます。

 まず、始めに述べたとおり、『今年の技術研究テーマ』にJava習得を挙げたときから関係が始まりました。しかし、Javaという名前を聞いたのはもっと以前、私が大学5年の時にアルバイトで半年間働いていた所で知りました。そこは、最新技術を調査する会社で「最新のサーバー」の評価や「最新の技術」の調査などをしていました。PCに対する知識が全くなかった私は、そこで「最新のサーバー」を運んだり、「最新の技術」が掲載されている雑誌を整理したりしていました。そういった仕事の中で、Javaについてのさまざまな情報を指定されたWebサイトや雑誌から収集し、「企業動向」、「開発ツール」といったカテゴリーごとにDBに登録していく「Java情報」という作業がありました。その作業の中で初めて「Java」という言葉に出会いました。本当に何も知らなかった私は、この情報はどのカテゴリーに含むのかをおおよその見当をつけて入力していました。米国Microsoft と米国Sun Microsystemsが喧嘩をしていることも実はそこで知りました。

 現在、アルバイトではなく正社員として働き始めた私は、研修を終え新人として「お客さんのサーバー」を運びセットアップをしたり、「最新の技術」が掲載されている雑誌を管理する作業をしています。しかし、これだけの作業ではSIを生業としていくことはできないことは言うに及ばす、会社から三行半をつきつけられてしまいます。現在有力なポジションにいるJavaを習得することで、私も有力なポジションに就こうと思います。現在、セミナーの参加や勉強は勿論ですが、既存の所内システムをServlet、JSP、EJBなど(よくわからないけれど…)のJava技術を使って構築しようと考えています。また、一から始めるということで私自身、さまざまな情報源からさまざまな情報を入手すると思います。その際、入手した情報を作業の記録として「Java情報」という形でDBに登録しようなどと考えています。

 「Java V.S. 私」は、始まったばかりですが争うつもりは毛頭ありません。Javaと仲良くやって、今の流行にのって2、3年はご飯を食べさせてもらおうかと思っています。
 さあ、Appletでも作ってみましょうか…。


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