前号では、会員制のオンライン・サービスにおいて、他人が著作権を有するコンテンツを会員が無許諾アップロードした場合の、オンラインサービス業者の責任を論じた判決を2つ紹介した。
会員制オンライン・サービスの場合は、オンラインサービス業者がサービス内容について一定のコントロールを及ぼしている。しかし、インターネットはオープンな環境であるので、アクセスプロバイダーなどのオンラインサービス業者がどのような責任を負うかは、会員制オンラインサービスの場合と必ずしも同列に論じられる問題ではない。
インターネットアクセスプロバイダーの責任が問題となった判決例は、昨年11月21日に、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所が下したレリジャス・テクノロジー・センター対ネットコム(Religious Technology Center v. Netcom)事件の決定が現在のところ唯一の裁判例となっている。今回はこの判決を紹介する。
当事者に争いのない事実を総合すると、訴訟に至る経緯は次のようなものである。
原告レリジャス・テクノロジー・センター(「RTC」)とブリッジ・パブリケーションズ社は、宗教団体チャーチ・オブ・サイエントロジー(「教団」)の教祖(故人)の著作物である教団の教典等について著作権を有している。もと教団の幹部であった被告デニス・アーリックは教団の批判者に転じ、インターネット上のBBSであるユースネットのニュースグループalt.religion.scientologyに原告らが著作権を有する上記の著作物を原告らに無断でアップロードした。
アーリックは、被告トーマス・クレメスラッドの運営するBBSのサービスを通じてインターネットにアクセスしていた。クレメスラッドのBBSはインターネットに直接接続しておらず、被告ネットコム・オンライン・コミュニケーションズ社(「ネットコム」)のシステムを通じてインターネットに接続していた。ネットコムはアメリカ最大手のインターネットアクセスプロバイダーの一つである。
アーリックのメッセージがユースネットにアップロードされる手順は次のようなものである。アーリックが電話回線とモデムを使用してクレメスラッドのBBSにユースネット宛のメッセージを送ると、メッセージはクレメスラッドのコンピュータに一時保存される。ネットコムのソフトウェアによってあらかじめ設定された手順に従い、このメッセージはクレメスラッドのコンピュータからネットコムのコンピュータに自動的にコピーされる。ひとたびネットコムのコンピュータにメッセージがコピーされると、メッセージはネットコムの会員及び隣接するインターネット上のサーバーにより入手可能になり、結果的に世界中からアクセス可能となる。ユースネットへのアップロードの便宜のために、ネットコムのコンピュータは11日間、クレメスラッドのコンピュータは3日間だけメッセージのコピーを保持する。
ネットコムは、コンピュサーブやアメリカ・オンラインなどの他の大手BBS業者と異なり、会員向けにコンテンツを作成したり、アップロードされるコンテンツのコントロールしたりはしていないし、アップロードされたメッセージの監視もしていない。しかし、ソフトウェア商品をアップロードするなど会規に反した会員のアカウントは停止にする処分を行っている。
ネットコム及びクレメスラッドは、アーリックがネットコムを通じてユースネットに原告らが権利を有する著作物をアップロードするのは原告らの著作権の侵害であるとの警告を原告らから受けた後も、何らの対応もとらなかった。
原告らは、アーリック、クレメスラッド、及びネットコムを被告として著作権侵害の訴訟を連邦地裁に提起した。
本決定は、ネットコムの行為が(1)直接的な著作権侵害に該当するか、(2)直接的な著作権侵害に該当しないとしても、寄与的侵害(contributory infringement)に該当しないか、(3)ネットコムはアーリックの著作権侵害について、代位責任(vicarious liability)を負わないか、(4)ネットコムが責任を負うとすると、言論の自由を定めた合衆国憲法修正第1条に反することにならないか、(5)ネットコムの行為が形式的に著作権侵害に該当するとしても、フェア・ユースに該当しないのか、の5つの論点について判断している。
本決定の判断で特に注目されるのは、(2)の寄与的侵害の判断において、権利者から著
作権侵害行為についての警告を受けた後に、事実関係の調査等によって、侵害行為の存在を知るに至ったか、侵害行為の存在を知るべきであった場合には、アクセスプロバイダーの行為は頒布権の寄与的侵害に該当すると判断したことである。
以下各論点について順次説明する。
(1) 直接的な著作権侵害について
裁判所は直接的な著作権侵害の問題を、「第三者によって開始されたプロセスの一部として、自己のコンピュータ上のソフトウェアによって自動的に作成された偶発的なコピーについて、コンピュータの所有者は責任を負うか」と一般化した上で、著作権法は侵害に故意・過失を有しない厳格責任法であるが、少なくとも何らかの自発的な行為又は原因となる行為が必要であるとして、第三者によるコピーの作成に自己のシステムが使用されたにすぎない本件のような場合には著作権侵害とならないと判示した。
また、BBS上にアップロードされたコピーを保持することは頒布権及びディスプレイの権利の侵害に当たらないとし、この点ではプレーボーイ判決に従わなかった。更に決定は、プレーボーイ事件では被告のBBSがファイルをアーカイブしていたのに対し、本件ではネットコムのコンピュータはファイルを短期間保持するだけでアーカイブしていないので、事実の面でも両事件は異なるものであるとし、本件ネットコムのような単なるインターネットへのアクセスの提供者は、導線のようなものであって、プロダクトを提供しているとは言えず、頒布権もディスプレイの権利も侵害するものではないとした。
(2) 寄与的侵害(contributory infringement)について
裁判所は、ネットコムのようなアクセスプロバイダーは、自己のシステムについて一定のコントロールを及ぼしているのであるから、寄与侵害成立の要件である侵害の事実を知っていたかどうかの判断時期は、サービスの提供契約を結んだときではなく、ネットコムがアーリックの著作権侵害行為を可能にするサービスを現実に提供したときであるとした。ネットコムは、アーリックによる原告らの著作物の頒布に関与していたと言えるので、原告からのアーリックの著作権侵害行為についての最初の警告状をネットコムが受け取った1994年12月29日以降に、ネットコムがアーリックによる侵害行為を知っていたか知っているべきであったことが立証されれば、ネットコムは寄与的侵害の責任を追うことになると判示した。
著作権登録が有効かどうかの判断や、フェアユースかどうかの判断は困難であるので、警告だけでは侵害の事実を知っていたことにはならないとのネットコムの反論に対しては、裁判所は、確かにフェアユースの成立の可能性、著作者の表示の欠如、その他の侵害を示す証拠の不足から、アクセスプロバイダーが侵害を知っていたとすることができない場合はあるかもしれないが、本件の場合には、作品に著作権表示がなされており、ネットコムが警告の後でアップロードされたメッセージを見ることすらしなかったという争いのない事実を前提とすれば、ネットコムが警告以後に侵害の事実を知っていた又は知るべきであったかどうかは真正な事実上の争点と言えると判示した。
アクセスプロバイダーの侵害への関与は、寄与的侵害を裏付けるほどの実質的なものかどうかという点に関しては、ネットコムはアーリックのコピーをシステム上に保持して他のユースネットサーバーに頒布しており、システムについてのコントロールを放棄していない以上、アーリックによる著作権侵害を知りながらその行為の幇助を続ける場合には、寄与的侵害の責任を負わせることが妥当であるとした。
(3)代位責任(vicarious liability)について
被告は、(i) 直接の侵害者の行為をコントロールする権利と能力を有し、(ii) 侵害行為から直接的な経済的利益を得ている場合には、直接の侵害者の行為について、代位責任(vicarious liability; 使用者責任と訳されることもあるが、我国民法715条より広い概念)を負うものとされている。
裁判所は、(i)の要件については、ネットコムの会員規約、インターネット上の常識となっている著作権侵害行為に関するいわゆる「ネチケット」、ネットコムが著作権侵害行為を禁じ、会員による著作権侵害についてネットコムを免責すると定めていることなどから、ネットコムがアーリックの行為をコントロールする権利を有しているかどうかは真正な事実上の争点であるとした。しかし、(ii)の要件については、ネットコムがアーリックの行為から直接的な経済的利益を受けていることを示す証拠が全く提示されていないとして、結局代位責任については、成立し得ないとした。
(4)言論の自由を定めた合衆国憲法修正第1条について
本件のような場合にアクセスプロバイダーが責任を負うとすると、全てのインターネット上のアクセスプロバイダー及びユーザーが責任を負うことになり、インターネットの使用に脅威を与え、合衆国憲法修正第1条の問題が生ずるとの被告の主張について、裁判所は、上述のように侵害の事実について知っていること及び侵害への関与(寄与的侵害の場合)又はコントロール及び直接的利益(代位責任の場合)を責任の要件とし、更にフェアユースの認定に配慮すれば、憲法上の問題は生じないとした。
(5)フェア・ユースについて
前回までに説明したとおり、フェアユースかどうかの判断に当たっては、条文上次の4つの要素が考慮されるべきものとされている。
(i)当該使用が商業的なものか非営利の教育目的なのか等、当該使用の目的及び性質
(ii)当該著作物の性質
(iii) 当該著作物の全体に対して、使用された部分の量及び本質性
(iv) 当該著作物の潜在的市場又は価値に対する当該使用の影響
裁判所は、(i)の要素については、ネットコムの行為が商業的なものであることは決定的ではないとした上で、ネットコムはインターネットへのアクセスを提供しているだけで、インターネット利用者に直接コンテンツを提供しているのではなく、利用者から直接利益を得ているわけでもないことを強調した。したがって、ネットコムによる著作物の使用は、原告らによる使用とは全く異なる機能を営んでいるので、(i)の要素はネットコムに有利に働くとした。
(ii)の要素については、ネットコムによる著作物の使用は、ユースネットへのアップロードの便宜のためにすぎないので、著作物の性質は、本件でのフェア・ユースの判断には重要でないとした。
(iii)の要素については、ネットコムによる使用は原告らの著作物の相当な部分に及ぶが、全てのファイルをコピーすることはユースネットサーバーの仕組みからして避けられないものである以上、この要素を重視することはできないとした。
(iv)の要素は、従来から、4つの要素中最も重要なものとされている。ネットコムは、本件著作物である教典等の原告らによって販売されるコピーは、信者に販売されるものであり、アーリックの行為によって入信者が減るわけでもないし、信者がアーリックがアップロードしたもので満足することもないので、原告らの潜在的市場には影響はないと主張した。しかし、裁判所は、過去にチャーチの教典をコピーしてサイエントロジーに似た宗教的トレーニングをしようと試みたグループがいたとの証拠を根拠として、ネットコムを通じてアーリックによりインターネットにアップロードされたコピーが原告らの著作物の市場を損なうかどうかについては、真正な事実上の争点があるとした。
以上の各要素をもとに、裁判所は、ネットコムの行為がフェア・ユースと言えるかどうかについては即断はできず、真正な事実上の争点が存するものと判断した。