アメリカのマルチメディア著作権判例 (第2回)

    マックス法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士 齋藤浩貴


コンピュータ・メモリへの蓄積と複製権


1.序
 コンピュータでプログラムを使用する場合には、コンピュータのメイン・メモリ上にプログラムを読み込まなければならない。メイン・メモリには揮発性のランダム・アクセス・メモリ(RAM)が使用されており、プログラムの使用を終えて他のプログラムを読み込んだり、コンピュータのスイッチを切ったりすると、RAM上に読み込まれたコンピュータ・プログラムは失われることになる。コンピュータの使用中にコンピュータのRAMに読み込まれるのはプログラムだけではない。コンピュータの使用中には、プログラムが使用するデータもメイン・メモリに読み込まれる。ここにいうデータには、音声データ、画像データ、文書データ等、あらゆる種類のデータが含まれる。
 このようなコンピュータのプログラム等の実行時におけるRAMへの読み込みは著作権法上の複製には当たらないというのが日本における一般的な解釈である(ただし、この点についての判例はない)。プログラム等の実行に伴うRAMへの蓄積は、瞬間的かつ過渡的なものにすぎないというのがその理由である。その背景には、RAMへの蓄積に複製権を及ぼさずとも、RAMに転送する前段階でのハードディスク等への複製等の行為に著作者の権利を及ぼせば、著作権の保護には十分であるとの考えがある。
 しかし、コンピュータのRAMへの読み込みは著作権法上の複製に当たるとするのがむしろ世界的には主流である。たとえば、コンピュータ・プログラムの法的保護に関するECディレクティブ(1991年5月採択)では、第4条(a)においてこのような一時的な複製についても著作者の許諾権が及ぶとするとともに、第5条において、プログラムの適法な所有者によるそのような行為はプログラムの使用に必要な場合は許諾を要しないこととしている。
 アメリカの判例においてもこのようなRAMへの読み込みは著作権法の複製に該当するとされており、昨年9月に公表されたホワイト・ペーパーでも、この解釈を確認している。
 昨年2月の文部省著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキンググループ検討経過報告では、このような国際的動向を受けて、「複製」の定義に、電子的形式による一時的な蓄積も含むことを明確に規定する改正を行うことを検討の対象としている。
 今回は、アメリカにおいて、RAMへのプログラムの読み込みを複製に当たるとした代表
的な判例を紹介し、RAMへのプログラム等の読み込みを複製ととらえるかどうかが、マルチメディア時代においていかなる影響を及ぼすかを検討する。


2.2つのアメリカ第9巡回区控訴裁判所判決
 アメリカにはコンピュータのメモリへの読み込みを著作権法上の複製であると理由中で述べた判例はいくつかあるが、実際にRAMへの読み込みを複製権の侵害として差し止めを認めたものとしては、1993年のMAIシステムズ対ピーク・コンピュータ(MAI判決)と1995年のトライアッド対サウスイースタン・エクスプレス(トライアッド判決)の二つの第9巡回区の連邦控訴裁判所の判決がある。この二つの判決は、ともに、コンピュータのメインテナンス会社によるメインテナンス時のオペレーティング・システム(OS)等の使用が問題となった事件である。以下二つの判決を順次紹介する。

(1) MAI判決
 MAIシステムズ社はコンピュータのメーカーであり、自社の製造、販売するコンピュータのOSについて著作権を有していた。MAIはOSについて複製物を販売するという方式はとらず、自社のコンピュータの購入者(ユーザー)に対してOSを使用許諾していた。MAIはMAI製のコンピュータについてメインテナンスも行っていたが、ピーク・コンピュータ社は、ユーザー所有のMAI製のコンピュータのメインテナンスをMAIとは独立してビジネスにしていた。ピークがメインテナンスを行うに際しては、ユーザーの持つMAI製コンピュータを起動することになるが、これは必然的にMAIのOSをコンピュータのメモリに読み込むことになる。MAIはこれを、ピークによるMAIのOSの無許諾の複製であるとして著作権侵害の訴訟を連邦地裁に提起した。プログラム実行時のRAMへの読み込みは複製かどうかが争点の一つとなったが、一審ではMAIが勝訴した。ピークが控訴。
 第9巡回区控訴裁判所は、コンピュータのリード・オンリー・メモリ(ROM)からRAMへのプログラムの読み込みは「複製」に当たると判断し、ユーザーへの使用許諾はユーザーによる使用(RAMへの複製)に限定されているので、ピークによるRAMへのプログラムの読み込み、すなわちコンピュータの起動はMAIの複製権の侵害であるとした。なお、アメリカ著作権法第117条は、「コンピュータ・プログラムの複製物の所有者」は「当該コンピュータ・プログラムを利用するために不可欠のステップとして」行われる限り、「当該コンピュータ・プログラムの複製を一部作成したり(第三者に)作成させたりすることができる」と規定しているが、コンピュータ・プログラムの使用許諾をうけたに過ぎない者は、本条にいう「コンピュータ・プログラムの複製物の所有者」には当たらず、117条の適用はないとした。

(2) トライアッド判決
 続いて控訴裁判所により昨年出されたトライアッド判決では、当事者は違うが、基礎となった事実はMAI判決とほとんど同一である。本件では、コンピュータ会社がトライアッド社であり、メインテナンス業者がサウスイースタン・エクスプレス社である。本件ではトライアッドの有するコンピュータ・プログラムとしてはOSのみでなく、メインテナンスに使用するユーティリティ・ソフトも含まれている。
 トライアッド判決は、MAI判決を踏襲し、サウスイースタンによるメインテナンスのためのトライアッドのOS及びユーティリティ・ソフトのRAMへの読み込みは、トライアッドの著作権の侵害であるとされた。本件では、サウスイースタンがフェア・ユースとコピーライト・ミスユース(権利の濫用)を抗弁として主張したが、いずれも退けられている。

(3) 日本の場合
 日本では、前述のとおり、コンピュータ・プログラム実行時のプログラムのRAMへの読み込みは、著作権法上の複製に当たらないとされている。したがって、MAI判決やトライアッド判決のような場合には、メインテナンス業者であるピークやサウスイースタンがいくらMAIやトライアッドのプログラムを実行しても、複製をしたことにはならないので、著作権侵害の問題は生じないことになる。
 ただし、日本においても、ユーザーとのコンピュータ・プログラムの使用許諾契約で、使用可能である者をユーザーのみに限定する定めをすることは、契約自由の原則から有効であると解されている。したがって、ユーザーが、この契約の条項に反してメインテナンス業者にプログラムを使用させると、ユーザーは契約違反をしたことになる。しかし、メインテナンス業者は契約当事者ではないので、契約違反でメインテナンス業者を訴えることはできない。
 このように、コンピュータ・プログラムの使用許諾を受けてるユーザーがメインテナンス業者にメインテナンスを依頼する場合には、日本とアメリカで大きな違いが生じることになる。このような違いは、メインテナンスの場合だけでなく、契約によりプログラムの使用者を限定し、ユーザーが限定された使用者以外の者に使用させる場合には常に生じることになる。


3.RAMへの読み込みを著作権法上の複製と解釈することの意義
 アメリカにおいても、RAMへの読み込みによる複製が著作権侵害とされた事例は、上記の二つの判決のみである。これだけであれば、RAMへの読み込みを著作権法上の複製とする意義は小さいように見える。しかし、マルチメディア時代には、RAMへの読み込みを複製とするかどうかは、以下のとおりの差異をもたらすことになる。コンピュータによるデジタル著作物の利用がマルチメディアの根本であるが、コンピュータによる著作物利用時に必ずメイン・メモリへの読み込みが行われるわけであり、RAMへの読み込みを著作権法上の複製ととらえることは、著作物の利用の前段階であるメディアへの複製から進んで、実質的には著作物の利用そのものに権利を及ぼしていくことになるわけである。

(1) LANからの読み込み
 LANによるコンピュータの使用が行われている場合には、コンピュータ・プログラムやデータの複製をサーバーのハードディスク等の一カ所だけに置き、クライアント・マシンでは、必要なときだけLANを通じてメモリに読み込んで使用するということが考えられる。クライアント等におかれた複製物自体は許諾を得た複製である場合には、現在の日本の解釈のようにRAMへの読み込みは複製でないとすると、サーバーからのクライアントのメモリへの読み込みは、複製権の対象とはならないことになる。したがって、サーバーからクライアントへのプログラム等の転送が有線送信権(著作権法23条1項)の対象とならないかが問題となるが、「有線送信」については、著作権法2条1項17号で「有線電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信を除く」ものとされており、明文でLANは除かれてしまっている。したがって、RAMへの読み込みを複製に含めるか、送信権にLANを含める改正を行わない限り、LANによる著作物の利用については、著作者の権利は及ばないことになる。RAMへの読み込みが複製であるとすれば、クライアントでメモリへの読み込みを行うたびに複製が行われることになるから、LANによるクライアントでの使用には、複製権が及ぶことになる。

(2) メモリ上での改変
 他人の著作物を無許諾で改変すれば翻案権(著作権法27条)や同一性保持権(20条)の侵害となる(ただし、プログラムについては20条2項3号、47条の2の例外がある)。したがって、ハードディスク等に複製されたコンピュータプログラムやデータを無許諾で改変すると、翻案権や同一性保持権の侵害となることになる。
 しかし、コンピュータのメモリ上にロードされたプログラムやデータをメモリ上で改変する場合には、RAMへの読み込みは複製ではないという前提の下では、複製ではないものを改変したことになり、翻案権や同一性保持権の対象とはならないことになる。
 このような改変としては、画像データのモーフィングやワーピングのようにユーザーの入力による改変があるが、このようなユーザーによるその場限りの改変は、著作権者として問題とする実益に乏しい。
 しかし、メモリ上で他のソフトにアドオンして元のソフトと異なる機能を達成するソフトや、メモリ上でデータを改変しながら出力するソフトの場合には、メモリ上で改変される著作者のソフトやデータが常に改変された状態でコンピュータの使用者に感得されるという点では、ハードディスク等にある複製の段階で改変された場合と、何ら実質的な効果に変わりはない結果が得られる。しかしながら、このようなRAM上での改変は、メモリへの読み込みを複製であるとしない限り、著作権侵害とはならないことになる。

(3) 広域ネットワークにおける問題
 広域ネットワークやインターネットによる著作物の利用とRAMへの読み込みが複製となるかどうかの関係は、送信権との関係も考えなければならず、現在議論が行われているところであるが、以下の点だけを指摘しておく。
 現在、NIFTY-Serveなどの商用ネットワークは、IDとパスワードによってアクセスを制限している。インターネット上のサービスも、同様にIDとパスワードによりアクセスを制限しているところがある。このような場合、不正にIDとパスワードを解除してアクセスした場合には、RAMへの読み込みは複製でないとすると、ハードディスク等へのダウンロードを行わない限り著作権侵害とはならないこととなる。しかし、RAMへの読み込みを複製とすると、著作権によって保護されたコンテンツにアクセスした段階で、無許諾の複製が行われたことになり、著作権侵害が生じることになる。


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