アメリカのマルチメディア著作権判例(第1回)

マックス法律事務所 弁護士 齋藤 浩貴 


 マルチメディア時代の情報保護法として著作権が脚光を浴びているが、日本では著作権法の裁判例が少なく、具体的な問題のイメージがわきにくくなっている。
 しかし、アメリカでは裁判がビジネス上の紛争解決システムとして中心的機能を果たしており、著作権判例も数多い。アメリカはマルチメディア先進国でもあり、マルチメディアと著作権の問題を考えるために有用な裁判例は少なくない。そこで、この連載では、マルチメディアと著作権の問題について参考となるアメリカの判例を紹介していく予定である。
 アメリカの判例を検討する場合には、アメリカ著作権法と日本の著作権法の違いを無視することはできない。しかし、両著作権法の基本的な考え方は共通点が多いので、日本法の理解を前提として話を進め、日米著作権法の違いについては、各判例の解説の中で説明していくことにさせていただく。
 今回は、ソニー対ユニバーサル事件の判決を解説する。この事件は、マルチメディアに関する事件ではなく、家庭用ビデオデッキに関する事件であるが、新しいテクノロジーの出現により、著作権のあり方が問われた典型的な事件であり、最高裁まで争われたこと、寄与的侵害とフェア・ユースというアメリカ著作権法の考え方を特徴づける2つの法理が問題の中心となっている点で第1回に紹介する判例としてふさわしいと考えた。
 1976年11月、アメリカのメジャー映画プロダクションであるユニバーサル・シティ・スタジオズは、ウォルト・ディズニー・プロダクションズとともに、ソニーのアメリカ現地法人を相手取り著作権侵害訴訟を提起した。ソニーはアメリカ国内で、1975年から家庭用ビデオデッキ(ベータマックス)を販売していたが、ユニバーサルは、ソニーによる家庭用ビデオデッキの販売は、ユニバーサルのテレビ番組(アメリカのメジャー・プロダクションは、劇場用映画だけでなく、テレビ番組を多数制作している)の著作権を寄与的に侵害しているとして訴えたのである。
 寄与的侵害(contributory infringement)とは、被告が直接的には著作権侵害行為を行っていない場合であっても、被告が侵害行為を知りながら他者の侵害行為をそそのかしたり、引き起こしたり、又は実質的に寄与している場合にはその侵害行為に加担した責任が問われるという法理である。つまり、ユニバーサルの言い分は、ビデオデッキを買ったユーザは放送されたユニバーサルの番組を録画するためにビデオデッキを使うはずで、これはユーザによるユニバーサルの著作権(複製権)の侵害であり、ソニーはユーザーがユニバーサルの著作権を侵害するために使用するビデオデッキを販売しているのだから、ユーザーによる著作権侵害に寄与している、というものであった。(寄与的侵害については日本法には条文はなく、判例にもこれを認めたものはない。)ユニバーサルとしては、実際に録画を行うビデオデッキのユーザー一人一人を訴えることは現実問題として不可能であるので、ビデオデッキのメーカーであるソニーを訴えたわけである。
 第1審の連邦地方裁判所では1979年にソニーが勝訴したが、控訴審では一転、ソニーの敗訴の判決が1981年に下された。ソニーは上告し、最高裁判所は1984年、5対4の僅差でソニー勝訴の再逆転判決を言い渡した。
 最高裁判所の理由では、まず、寄与的侵害について、寄与的侵害が認められるためには、被告が自己の販売する物品によって著作権侵害が行われる蓋然性があるということを知って物品を販売したというだけでは足りず、寄与的侵害とされている物品に、著作権侵害とならないような実際的な使用方法がない場合でなければならないとした。
 そのうえで、最高裁判所は、ユーザーによる「タイム・シフティング」は、これに異を唱えない著作権者は多いし、もし、著作権者が認めないとしてもフェア・ユースに当たり、著作権侵害ではないと判断した。したがって、「タイム・シフティング」という著作権侵害とならない使用方法を有する家庭用ビデオの販売は著作権の寄与的侵害にはならないとしたのである。なお、「タイム・シフティング」とは、放送された番組の録りだめとは異なり、時間のあるときにあとで鑑賞するために放送された番組を録画しておき、一回見た番組は重ね録りして消してしまうことである。
 「タイム・シフティング」も「ビデオライブラリーの作成」も、私的使用のための複製であるので、日本著作権法では30条により著作権侵害とはならない。このように、日本法では、形式的に著作権侵害とならない場合であっても、他の社会的利益とのバランスから著作権侵害とならない場合について、30条から50条の規定で、具体的に限定列挙する方式をとっている。
 アメリカ法は、基本的にこのような方式をとらず、107条に、形式的には著作権侵害となる場合であっても、フェア・ユースに該当する場合には、著作権侵害ではないとの包括的な規定をおいている。フェアユースかどうかの判断に当たっては、条文上次の4つの要素が考慮されるべきものとされている。(i)当該使用が商業的なものか非営利の教育目的なのか等、当該使用の目的及び性質、(ii)当該著作物の性質、(iii)当該著作物の全体に対して、使用された部分の量及び本質性、(iv)当該著作物の潜在的市場又は価値に対する当該使用の影響。
 したがって、アメリカ法では、私的使用目的の複製は、条文上は当然に許されているわけではない。本判決でも、最高裁判所は、私的使用目的であれば著作権侵害でないとの立論はせず、「タイム・シフティング」について上記の4つの要素の検討を行い、その上で「タイム・シフティング」はフェア・ユースに該当し、著作権侵害とはならないとした。本判決では、上記の要素のうち(i)に特に焦点を当て、個人による録画は、商業的でない非営利のものだとし、そのような場合には、権利者の側で侵害と主張する行為によって損害を受けていることを立証しなければならないとし、ユニバーサルは現在又は将来の損害を立証できていないので、「タイム・シフティング」はフェア・ユースであるとしている。
 このように、フェア・ユースの規定はアメリカの著作権侵害の事案ごとの合理的な解決に重要な役割を果たしている。


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