田中 亘のWindow’s1999

田中 亘


サーバーとアプリとソフトハウスと


 わたしは、ライターを生業とする以前は、小さなソフトハウスでアプリケーションの企画やサポートを行っていた。いうなれば、現在でいうプロダクトマネージャ的な仕事だが、当時は「開発以外の雑務一般」という色合いが強かった。小さなソフトハウスに限ったことなのだろうが、どうしても「偉いのはコードを書ける社員」という風潮が強く、マニュアルを書いたり電話でサポートをする社員というのは、非生産的な労働力と認識されていた。確かに、規模の小さなソフトハウスにとって、直接的な売上の中心は、販売や納品に結びつくプログラムのコードであり、有能な開発者の育成や獲得が、経営者に求められる才覚でもある。

 しかし、米国のソフトウェア産業の盛衰史を振り返ってみると、市場で売れるアプリケーションを開発するためには、有能な開発者に加えて、綿密な市場調査と販売戦略を推進するための人材が必要なのだとわかる。アプリケーションは、単なる「プログラムコードの集まり」ではなく、「商品というプロダクト」なのだという意識で、開発の設計目標を立てられる強力な推進者が必要になる。

 ただし、かつてのアプリケーションといえば、ワープロソフトやデータベースにスプレッドシートなど、手本とする文房具なり既存のシステムがあり、それをパソコンでいかに安く快適に実現するかが、大きな開発目標だった。そのため、明確なプロダクトの推進者がいなくても、なんとなく形になっていたりもした。

 ところが、多くの人がよく利用するアプリケーションが、パソコンに標準的に搭載されるようになると、アプリケーションを新規に買ってきてセットアップする人たちが減ってしまった。いまや、Windowsとアプリケーションの区別すらつかない初心者が増えている。これは、前号でも触れたように「ワープロ専用機型ユーザー」の市場であり、この分野にヒットするだけの独立型アプリケーションを開発するのは、かなりの発想力と技術力が求められるだろう。一つの切り口としては、周辺機器を活用するためのアプリケーションが考えられるが、条件が限定されてしまうため、大ヒットにつながるかどうかは、未知数だ。

 そうした新しい時代の流れに挑戦するアプリケーションの開発方向とは別に、堅実で利益の期待できる分野がある。言わずと知れたビジネス市場だ。ワープロソフトやデータベースも、かつては業務利用を中心に開発され、やがて一般市場に広がった。同じような夢と期待が、Windows用ビジネス向けアプリケーションにはある。ただし、そのためには、一つだけ前提とする条件がある。ネットワークだ。

 前号で、サーバー系システムを取り巻く環境には、昔ながらのパソコン市場と同じ理論があると書いた。その理由は、サーバー系システムに関する解説記事の多くが、昔のパソコン雑誌と同じように、高度に技術的で専門的な内容で、それはかつてのパソコン雑誌と同じだからだ。正直なところ、NT ServerやBackOfficeを個人がセットアップしてガンガン使いまくるとは思えない。しかし、小規模な事業所やSOHOなどでは、ネットワークを武器にした情報システムの構築が必須であり、そのための優れたアプリケーションは、ほとんどない。メールサーバーやWebサーバーは、いうなれば基本システムの一部であり、その上に構築されるアプリケーションこそが、市場の求める商品だと思うのだ。

 もちろん、グループウェアやデータウェアハウジングのような、大規模なアプリケーションになれば、すでに大手が取り組んでいるが、このような分野では、技術力よりも企業形態に合わせたコンサルティングのノウハウをどれだけプログラムの中に凝縮できるかが問われている。そのため、開発するソフトハウスの大小に関わらず、優れた製品を提供できるチャンスがある。

 また、先ごろコンパックが日本で発表したWork Expeditor for Microsoft Exchangeのように、ハードウェアメーカーもアプリケーションを開発し販売する時代になった。もともと、米国コンパックは、独自のサーバー設定用ツールや、管理ソフトなどを開発し、他社との競争力を維持してきたが、Work Expeditorは、Exchagne Serverを前提としたナレッジマネジメント用アプリケーションであり、ネットワーク環境を前提としたワークフローと文書管理を実現するものだ。

 ナレッジマネジメントは、今年のIT業界を取り巻くキーワードとして、もっとも旬な題材だ。昔からある企業活動をデジタルとネットワークで、効率的かつ効果的にしようとするものであり、そういう意味では、ワープロソフトやデータベースなどが誕生してきた背景と似ている。うがった見方をすれば、OA(オフィス・オートメーション)の焼き直し版とも捉えられる。そう考えると、むしろソフトハウスが新しいアプリケーションを開発するチャンスも多いのではないかと思えてくる。

 いまや、台湾製のマザーボードにも、10/100BASE-Tが標準的に装備されるようになり、サブノートや低価格な一体型パソコンにも、ネットワーク用のデバイスが標準搭載されている。ネットワークは、これからさらに当たり前になり、その環境を活用するアプリケーションに対する需要は、さらに高くなるだろう。


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