田中 亘のWindow’s1999

田中 亘




ヒロスエの威力

 先日、NTT DoCoMoの新製品発表会を取材してきた。すでに、新聞や雑誌などで内容を知っている人もいると思うが、当日発表された新型携帯電話は、501iシリーズと呼ばれるもので、iモードという新機能を搭載している。それは、携帯電話に9600bpsのパケット通信機能を内蔵して、ホームページの検索や電子メールのやり取りに、HTML形式をベースとした情報提供など、携帯電話をインターネット端末にしてしまう、というものだ。
 そして、その新製品の話題性を盛り上げるために、NTT DoCoMoでは、特別サービスまで用意した発表会を開催した。その特別サービスとは、ゲストが広末涼子というCF制作発表会だった。通常、製作発表会といえば、これから作ります、と案内するものだが、今回の発表会では、すでに完成しているCFを見せることが目的で、明らかに話題作りを目的とした製作発表会&トークショーだった。
 しかし、そのゲストの威力はものすごいもので、当日の会場には、コンピュータや通信の報道関係者だけではなく、女性雑誌や一般誌などの記者やカメラマンが押し寄せ、一度に100個以上のストロボがたかれるほどの盛り上がりを見せた。
 過去に、パソコン関連のソフトハウスでも、著名な芸能人を起用したコマーシャルや雑誌広告を展開した例はある。だが、起用したタレントが大物であればあるほど、記者発表会の会場に、そのキャラクタが登場することはなかった。その理由は、やはり契約とかギャランティなどにあるのだろうが、ワイドショーまで取材に来た、DoCoMoの発表会を見ると、コンシューマ市場を目指す商品というのは、生半可なマーケティング戦法では太刀打ちできないものだと、痛感させられてしまった。おしなべて、日本のコンシューマ向け商品は、広告展開で起用されるタレントによって左右される部分が大きい。考えてみれば、携帯電話やPHSでは、そのほとんどが、著名な女性タレントをイメージキャラクタに起用している。自分の周りでも、「ミポリンのパソコン」とか、「スピードのプリンタ」といったように、パソコンや周辺機器を正式な名称ではなく、コマーシャルの印象で記憶している人を見かけるようになった。技術的な正確さや、こ難しい理屈を望む人たちの数に比べて、親しみやすさや分かりやすさという側面から、商品を選ぶ人の数が、圧倒的に多いのも事実だ。
 パソコン雑誌を丹念に読んで、自分で商品の優劣を判断し、足しげくお店に通い、納得がいくまで試す。そんな丁寧な買い物をするユーザーは、Windows 95の広がりと反比例して、その比率を下げつつある。日本でWindowsが成功した背景には、やはり「世界一のお金持ち」という並外れたブランド力を持ったビル・ゲイツ会長を巧みに利用したマイクロソフトのマーケティング戦略があったと思う。結果として、米国での訴訟騒ぎですら、Windows 98に注目を集めさせるための一助となってしまうほど、マイクロソフトには運も味方しているとすら思えたほどだ。
 もっとも、タレントやブランドを利用したマーケティングは、失敗したときの反動も大きい。特に、タレントの起用となると、スキャンダルやゴシップなどによって、商品イメージを著しく傷つける危険も伴う。昔に比べれば、日本の視聴者もスキャンダルに関しては寛容になったと言われているが、それも商品によりけりだ。洗剤や化粧品のように、一般消費財や季節流行型商品であれば、タレントの入れ替えや広告の差し替えなど、臨機応変な対応もできるが、長期にわたって企業の屋台骨を支えるような商品ともなれば、タレントの起用は、ある意味でギャンブルになる。
 また、パソコンやハードウェア市場が、タレント起用で販売促進と話題作りに成功している一方で、タレントを起用しても販売促進につながらなかったソフトウェアの例もある。ソフトウェアは、ハードウェアに比べると、その実体が一般の消費者には見え難いだけに、口コミなどの方が、効果を発揮することが多い。個人的には、そうした口コミ的な販売促進の方法を「辻説法型」と呼んでいるが、とかくパソコンに対する不安を抱きやすい入門者にとって、その威力は絶大だと思う。
 しかし、その辻説法型の効果をタレントに期待できるかといえば、それはNOだ。第一に、辻説法の起点となるベテランユーザーたちは、タレントに対して懐疑的だ。タレントやアイドル崇拝をしているから、というだけで購入できる商品と、ソフトウェアは別ものだ。仮に、大量のテレビコマーシャルによって、製品名を大々的に告知できたとしても、その商品のクロージングを行うのは、タレントではない。販売店に立つベテランユーザーや、隣近所にいる知人、会社の同僚など、タレントや広告とは関係ない人たちだ。その人たちに納得してもらうための情報提供を怠れば、どんなに大規模なキャンペーンを展開したとしても、期待する結果は得られないだろう。
 ところで、話をiモードに戻そう。iモードは、現在2100万台のユーザーに対して、およそ半分にあたる1000万台のシェア獲得を狙うという。そのための斬り込み隊として、広末涼子を起用したコマーシャルによる大規模なキャンペーンが展開される。もし、DoCoMoの広告展開が成功して、コマーシャルのターゲットとなる学生や新社会人などの層にiモードが普及して行けば、日本では一気に1000万人規模のインターネットのモバイルユーザーが誕生することになる。これは、冷静に考えてみると、侮れないマーケットだ。なぜなら、1000万人のモバイルユーザーの多くは、いわゆるパソコンマニアではなく、ごく普通の学生や社会人であり、日常生活の中で、携帯電話を通して、インターネットから情報を得られる、という海外でも類を見ない市場が誕生するからだ。
 いままでのインターネットの市場は、居ながらにして情報を手に入れられるか、という課題に挑戦していたが、iモードが成功すれば、日本独自のインターネットを使った情報発信の方法と価値が生み出せるようになる。例えば、NTTが用意した情報サービスの一つにある「乗り換え案内」などは、まさに日本という市場を理解したサービスだ。また、パソコンを使えない人でも、携帯電話でインターネットの電子メールをやり取りできるようになれば、インターネット先進国である米国とは、一風変わったメール市場が誕生する可能性もある。そうなれば、国内のソフトハウスにとっては、インターネットを新しいビジネスに発展させる機会が増えることになる。iモードの不便さをパソコンとソフトウェアで改善することができれば、それだけでも、1000万台の市場が形成されたときには、大きな需要が期待できるだろう。

NTT DoCoMoの新型携帯電話501iを手にして、カメラのフラッシュに包まれる、広末涼子。



 このコラムに掲載されている田中亘の顔写真に目を止める人が、0.0001人だとすれば、広末涼子の写真に目を止める人は、1000人を超えるだろう。それが、タレントを起用する意味であり、ギャラの高さでもある。



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