アメリカのマルチメディア著作権判例 (第5回)

マックス法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士 齋藤 浩貴


シュリンクラップ・アグリーメントと創作性のないデータベースの保護
― ProCD社対Zeidenberg事件判決

1 はじめに

(1) シュリンクラップ・アグリーメントとその問題点

 コンピュータ・ソフトウェア以外の著作物がユーザーに提供される際には、通常著作物の複製物の売買という形がとられている。しかし、コンピュータ・ソフトウェアでは、パッケージに使用許諾契約書が含まれており、ソフトウェアの複製物を単に販売するのではなく、ユーザーにソフトウェアを使用許諾契約書に基づいて使用許諾するという建前をとっていることが多い。このような使用許諾契約は、アメリカで使われ始めたころに、パッケージの裏に契約条項を書き、ラップの包装を開披すると契約が成立するという形式をとっていたために、一般にシュリンクラップ・アグリーメントと呼び習わされている。
 シュリンクラップ・アグリーメントは、1)無許諾コピーを禁止する、2)ソフトウェアのレンタルを禁止する、3)リバースエンジニアリングやソフトウェアの改変を禁止する、4)ソフトウェアの使用を1つのCPUに限定する、5)ソフトウェアに関する保証を制限する、等の目的で用いられてきた。
 しかし、シュリンクラップ・アグリーメントが契約として有効であるかどうかについては従来から疑問が提示されていた。すなわち、シュリンクラップ・アグリーメントにおいては、ユーザーはパッケージの購入の際に契約の条項を知らされていないこと、ユーザーからベンダーに対する明確な合意の意思表示がないことなどから、はたして契約が有効に成立するかどうかが問題とされてきたのである。
 しかしながら、シュリンクラップ・アグリーメントが契約として有効かどうかは、日本で裁判で争われたケースはなく、アメリカにおいてさえ正面から裁判で争われたことはなかった。これは、シュリンクラップ・アグリーメントの違反を発見し特定するのが困難であるという事情もさることながら、コンピュータ・プログラムの著作権による保護が確立してくると、シュリンクラップ・アグリーメントの違反ではあるが著作権法違反とはならない行為で訴訟で問題とするほどのものは実際には少ないということにも起因している。つまり、何か問題が生じた場合にはほとんど著作権法違反として対応すれば足り、わざわざ有効かどうかが不明確なシュリンクラップ・アグリーメントに頼る必要が乏しかったのである。

(2) ファイスト判決と創作性のないデータベースの保護

 上記のように、コンピュータ・プログラムの場合には裁判上の問題となりにくかったシュリンクラップ・アグリーメントであるが、著作権法では保護されない創作性のないデータベースの保護に関連して、アメリカで正面からシュリンクラップ・アグリーメントの有効性を判断した判決が出された。それが今回紹介するProCD社対Zeidenberg事件の判決である。
 アメリカにおいては、データの集合は、データの選択又は配列に創作性があれば、編集著作物として著作権により保護される。(日本の著作権法では編集著作物とデータベースが区別され、素材の選択又は体系的な構成に創作性があればデータベースの著作物として保護される。)しかし、データの選択にも配列にも創作性のないデータの集合が著作権の保護の対象とならないことは、アメリカ最高裁の判決において確定している(1991年のFeist Publications社対Rural Telephone Service社事件判決、一般にファイスト判決と呼ばれる)。
 ファイスト事件では、地域電話会社である原告Rural Telephone Service社は、アルファベット順の電話帳(ホワイトページ)を発行していた。被告Feist社は、Rural社のサービスエリアを含むさらに広域をカバーした電話帳を出版したが、その電話帳のデータにはRural社のホワイトページから抜き出したデータが多数使用されていた。そこでRural社がFeist社を相手方として著作権侵害訴訟を提起した。この訴訟では最高裁の判断が下されたわけだが、それまでの下級審の判決には、ホワイトページのような創作性のないデータの集合でもその作成に労力がかけられ資本が投下されているものは、著作物として保護されると判示したものがあった(額に汗理論)。この最高裁判決は、額に汗理論を否定し、アルファベット順に電話番号を集録したホワイトページのような創作性のないデータの集合はいくら作成に労力と資本がかかるとしても著作物としては保護されないことを明確にした。
 今回紹介するProCD社対Zeidenberg事件判決は、このファイスト判決を前提としている。

2 事案の概要

 原告のProCD社は、約3,000冊の電話帳から約9千5百万件のリスト(氏名又は会社名、住所、電話番号、産業別コードを含む)を集め、これをSelect Phoneの商品名でCD-ROMにして販売している。格納されたデータは圧縮されており、CD-ROM内にはデータを検索し、ダウンロードするためのソフトウェアが添付されている。
 Select Phoneのパッケージ内に梱包されたマニュアルには使用許諾契約書が添付されており、さらに、ソフトウェアを起動すると使用許諾契約書がコンピュータの画面上に表示されるようになっていた。しかし、パッケージの外装には、ユーザーはパッケージ在中の使用許諾契約書に拘束される旨が小さく記載されているだけで、契約条項は一切記載されていなかった。使用許諾契約書は、ソフトウェアとデータの使用を非商業目的に限定し、ソフトウェアとデータの頒布、再許諾、及び貸与を禁じる条項を含んでいた。
 被告Zeidenbergは、Select PhoneのCD-ROMを購入し、使用許諾契約書を無視して、Select Phoneのデータをダウンロードし、これをインターネットで提供するサービスを始めた。被告は、データのダウンロードの際にProCD社のソフトウェアを使ったが、インターネットでのサービスの提供のためには自作の検索プログラムを使用した。被告によるこのインターネット・サービスの差し止めを求めて原告ProCD社が提起したのが本件の訴訟である。
 第一審判決及び控訴審判決では、本件のSelect Phoneのデータはファイスト判決のもとでは著作物として保護されないということが前提とされている。

3 一審判決

 第一審の裁判は、ウィスコンシン州西部地区連邦地方裁判所において審理され、今年はじめに判決が下された。
 一審判決は、次の2つの理由で、Select Phone添付のシュリンクラップ・アグリーメントは無効であるとした。
 理由の第一は、Select Phone CD-ROMの販売は統一商事法典(Uniform Commercial Code)の適用の対象となる「物品の販売」であり、被告Zeidenbergが小売店で陳列されていた製品に代金を払って購入した時点で統一商事法典に従った売買契約が成立しているということである。つまり、製品を陳列することが売買契約の申込であり、代金を払って製品を受け取ることが売買契約の承諾であり、この時点で売買契約が確定的に成立するという考えである。地方裁判所は、被告がSelect Phoneを購入した際に使用許諾契約の条件について交渉する機会も契約締結を拒絶する機会もなかったのはおろか、契約条項自体被告に示されていなかった上、その後も被告による明確な契約締結の同意はないのであるから、代金支払いの時点でも、その後の被告によるソフトウェアの使用が行われた時点でも、使用許諾契約に従った契約は成立しえないとした。
 第二の理由は、連邦法である著作権法が州法である契約法に優先するので、仮に契約上の合意があったとしても、著作権法により保護されないデータベースは、州法によって保護されることはないというものである。この連邦法と州法の優劣の問題は米国特有の問題であるので、ここではこれ以上触れないことにする。

4 控訴審判決

 この第一審判決に対する控訴審判決が今年6月20日に出され、第7巡回区連邦控訴裁判所は、上記二つの理由いずれの点でも一審判決を覆し、本件のようなシュリンクラップ・アグリーメントは、非良心的なものでない限り有効に成立するとした。
 判決中で、控訴裁判所は、Select Phoneのようなソフトウェアにおいて、事業者向けと一般消費者向けで価格を分けて販売する必要性を強調している。それほどソフトウェアを頻繁に利用しない一般消費者向けにはソフトウェアを安く販売し、商用に手広く頻繁に利用する事業者向けには高く販売することは、ベンダーが製品から最大の利益を得るためにも、消費者が適正価格で製品を入手することができるようにするためにも必要であり、そのためには、一般消費者向けに安く供給した製品を事業用に使用することを契約で禁じる必要性があることを重要な事情として考慮したのである。
 上記の一審判決の理由の第一について、控訴裁判所は、パッケージの外装に契約書全文を記載すると小さい字になりすぎるか、もっと重要な情報が記載できなくなってしまって現実的でないので、パッケージの外側に使用許諾契約により製品が提供されることの警告文のみを記載し、条項をパッケージの中に入れておいて、もしユーザーが契約条項に同意しない場合には返却して代金の払い戻しを受ける権利をユーザーに与える(そのように許諾契約に記載する)のは、ユーザにとってもベンダーにとって理にかなったビジネスのやり方であるとした。
 法的な構成としては、控訴裁判所は地方裁判所と異なり、統一商事法典は代金を払って商品を受け取る以外の契約の成立方法も認めているとした。一般的に、ベンダーは契約の申込に当たって、「行為による承諾」を誘引することができるのであり、承諾となるべき行為を限定することもできる。買主はベンダーが承諾方法として申し出た行為を行うことによって承諾をすることができる。このような判断のもとに控訴裁判所は、本件では、ProCDが契約の承諾とみなされる行為として「契約書を読んでからソフトウェアを使用すること」を提示し、Zeidenbergがそのとおりに行為したのであるから(ソフトを起動すると契約条項が表示されるので、契約書を見ていないということはあり得ない)、使用許諾契約書に従って契約が成立したとした。そして、買主は、契約条項が気に入らなければソフトウェアを返却すればよいのだから問題は生じないとしている。

5 本判決の意義

 マルチメディアソフトを提供するにあたっては、従来のコンピュータプログラムの提供以上に柔軟な許諾条件の設定のニーズが生じることが予想される。シュリンクラップ・アグリーメントの有効性が確認されたことで、今後シュリンクラップ・アグリーメントよる対応がますます重要性を持ってくると思われる。
 また、ダイアログボックス等を使用したインターネット等を通じたオンライン契約は、インタラクティブ性があるだけに、シュリンクラップ・アグリーメント以上に有効とされる可能性が高いと言われているが、本件判決は、オンライン契約の有効性の議論にも影響を与えることになると思われる。

 この連載は本号で最終回となるが、これまで紹介した判例は「マルチメディア著作権判例」というタイトルから読者の期待するものとは異なっていたかもしれない。それは、「マルチメディア」という言葉に明確な定義がないことにもよるであろうが、裁判例として意義のあるものは、法的な問題を解決する判例であって、ビジネス上の主要な関心とは必ずしも一致していないことによるところが大きいかもしれない。しかし、これまで解説してきた判例は、デジタル技術の発達によって発生した従来の著作権法の考え方で対応できない問題に取り組んでいる判例であり、今後のマルチメディアにかかわる法律問題に少なからぬ影響を与えることは間違いないものである。
 日本とは異なる法制度のもとでのアメリカの判例を限られた紙面で説明してきたので、必ずしもわかりやすい連載ではなかったかもしれないが、お許しいただきたい。最後に、これまでお読みいただいた方々に心から感謝いたします。

<事務局より>
本コラムは、今回をもって終了させていただきます。ご愛読ありがとうございました。


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